閑人の美術館目次



フェルメール絵画の魅力は圧倒的な光の美しさと画面構成の素晴らしさにあります

【手紙を書く女】

【牛乳を注ぐ女】

 フェルメールの魅力は数多くありますが、本物の作品を前にして、まず感じるのは、繊細な筆遣いによって物の質感や触感まで再現されていることでしょう。 例えば『牛乳を注ぐ女』と『手紙を書く女』を見比べてください。どちらも黄色い服を着た女性を描いていますが、黄色の質には明らかな違いがあります。「牛乳〜」の女性は働き手らしく、ごく一般的な服を着ていますが、「手紙〜」の女性は上流階級にふさわしい、高級な服に身を包んでいます。その違いが、衣装の色合いによって表現されているのです。さらに「牛乳〜」の女性の顔は少し日焼けしていますし、腕は逞しい。この時代の生活の匂いが染み込んでいる様です。かれの卓越した観察力と描写力は同時代のどの画家よりも、光の表現に成功しました。それはヨーロッパではやや北方に位置するオランダの弱くて、優しい感じのする光です。のちの19世紀フランスで、印象派の両家たちが、パリ周辺や地中海沿岸の明るい光を捉えたのとは大きく異なります。しかも多くの場合、室内の光景を描いていますから、光の当たり方はより複雑になります。窓の位置や外の天気、室内の調度品などで変化する光を描きわけました。こうした光の描写は、色遣いにも影響を与えています。フェルメールが好んだ色でよく知られているのは、高価なラピスラズリという鉱石から作られた、青く澄んだ顔料の色でしょう。「フェルメールーブルー」と呼ばれるほどに独特の青さです。他に黄色や赤、緑なども目立ちます。いずれも原色と呼ばれる色です。通常、このように原色を重ねた絵は刺激的な表現になりがちですが、フェルメールはあくまでも穏やかな光を浴びた、目に優しい色合いに仕ヒげています。彼の作品を見て「癒し」を感じる人が多いのも、色遣いが関係していると考えられます。
 一方で絵の構図は、一見すると、とても単純に思えます。世の中には、もっと劇的な場面を描写して、感情に訴える作品が数多くあります。それに比べると、フェルメールの絵の多くは、室内で静かな時を過ごす人を題材にし、登場するのもひとりかふたりです。実は、このように描く要素の少ない絵こそ、構図を決めるのが難しいのです。人物や調度品の配置が少し違うだけで、印象がからっと変わりますから。その点、フェルメールは構図にも、抜きんでた才能を発揮しました。近年のコンピュータなどを使った研究で、作品中の人物の位置を少しずらしただけでも、絵全体から緊張感が失われることが判明しています。 下絵やデッサンがまったぐ残っていない画家ですから、制作の過程は不明です。しかし人物の仕草や家具や静物の置き方などを決めるまで、相当な試行錯誤があったことは問違いないでしょう。しかも興味深いことに、フェルメールの描く人物は、ほとんど感情をあらわにしません。女性たちは所在なさげな面持ちを浮かべるばかりです。それにもかかわらず、見る人に強く訴えかけてくる。抑制された衣現が、かえって想像力を刺激するのかもしれません。どんな絵も、描かれた時代や地域と密接に関係しています。フェルメールが暮らした、17世紀オランダの国情を理解したほうが、鑑賞の助けになるのは確かです。当時オランダは宗教改革によって誕生したプロテスタント(新教)の国でした。言い換えれば、ローマ教皇を頂点とした教会の権威を否定した人々の国です。また海洋・貿易が盛んになり、裕福な市民が急速に増えました。フェルメールが生まれた町デルフトでも商工業が発達しました それゆえ国民は自山な気質に富み、絵画の題材も宗教以外を求めました。こうしてフェルメールが手がけたような風俗両が好まれていきます。描かれた風俗には、今では忘れられているものも少なくありません。その、一方で人々の生活の基本は今も昔も、世の東西を問わずに変わらないものです。誰もが、寝て起きて、食べて飲んで、仕事をして、余暇を楽しむのです。
 『牛乳を注ぐ女』の足元には日本のアンカに似た暖房器具が置かれています。これが見えるのて、「寒いところで働いている」という生活実感が伝わって来ます。フェルメールはその様な普遍的なものを描いた画家でした。まずはできるだけ時間をかけて、じっくりと作品と向かい合うことが大事です。絵の隅々まで見渡した時き、自分なりの新たな魅力を見出せるでしょう。

【出典:雑誌サライ】