閑人の美術館目次

《絵画芸術:1666〜67年頃》

『絵画芸術』にはさまざまな象徴、寓意がこめられているとする研究者が多く、この作品の主題は歴史の女神クリオだとしている。女性がかぶる月桂樹の花冠、右手に持つ名声を意味するバロック・トランペット、左手に持つ書物はおそらく古代ギリシアの歴史家トゥキディデスの『戦史』で、これはルネサンス期のイタリア人美術学者チェーザレ・リーパの寓意画集『イコノロジア』の記述と合致する。オーストリア王家で、ネーデルラントを支配していたこともあるハプスブルク家の象徴たる双頭の鷲が中央の黄金のシャンデリア基部の飾りとして描かれている。ハプスブルク家はカトリックの擁護者を自認していたことから、この双頭の鷲はおそらくカトリック信仰を表現しているとされている。フェルメールはプロテスタント信仰が圧倒的だったネーデルラントで、カトリックに改宗した数少ない人物だった。シャンデリアに一本のロウソクも立てられていないのは、当時のネーデルラントでカトリック信仰が弾圧されていたことを意味すると考えられている。背景の地図には、ネーデルラント北部と南部を分割する裂け目がある(当時の慣習と同じく、この地図でも西を上にして描かれている)。これは当時のネーデルラントが、スペイン・ハプスブルク家から独立した北部ネーデルラント(ネーデルラント連邦共和国)と、依然としてハプスブルク家の支配下にあった南部ネーデルラント(スペイン領ネーデルラント)に分裂していたことを意味している。クラース・ヤンス・フィッセルが制作したこの地図には、ユトレヒト同盟によって結束したネーデルラント北部7州とスペインの植民地だった南部の州との政治的断絶が表現されている。

《信仰の寓意:1670〜72年頃》

『信仰の寓意』はキリスト教に関する、象徴的なものを集めて描いている。カーテンは、向こう側を舞台に見立てる幕の意味を表す。女性はイヴである。後ろにかかっている絵は、キリストの磔(はりつけ)である。床に転がっているボールは、りんごを表す。アダムを誘惑したりんごであり、人間の罪のしるしである。オランダの内装である白黒のタイルの上を這っている、血を流した蛇。この蛇は悪に対する善の勝利を表している。この血を流している蛇、そして天球を仰ぎ見ているイヴ。これこそが、悪徳に打ち勝ち、信仰という美徳を求めるという姿を表している。彼女の足は地球儀の上に乗っている。そしてもう一つ、天井から、ガラスの天球がぶら下がっている。人間の理性の象徴であると考えられている。40歳になったフェルメールが、初心に戻って描いたのが、この宗教画である。以前、Christ in the House of Martha and Mary と Saint Praxidis を描いたのは、20代の頃のことであった。彼女は地上の人間で、天井の球を仰ぎ見ている。しかし、その姿はどこか、ぎこちなく、フェルメールらしくない作品である。他のフェルメールの作品を見ると、人間のポーズは、ごくごく自然に描かれているのに。それほどの宗教心を持って描かれた作品と思えないのは、ドリアンだけだろうか。フェルメールは、結婚したときにカソリックに改宗している。イエズス会にも近しかった。フェルメールは息子の一人に、Ignatius という名前を付けている。イエズス会の創設者の名前である。この絵は、依頼を受けて描いたと思われる。