マクロの世界

(02)メンフィスとその墓地遺跡
ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯(エジプト)
登録区分:文化遺産 登録基準:(1)、(3)、(6) 登録年:1979年

エジプト古代王国時代の首都メンフィスと、ギザの3大ピラミッドを始めとするダハシュールにかけてのピラミッド群が世界遺産に登録されています。ナイル川の恵を受けた豊饒のこの地は約3000年にわたる古代エジプトの繁栄を支え、ファラオの命を受け巨大な墓所が随所に築かれました。メンフィスのサッカラに最古のピラミッドが造られて以来、現代技術をもってしても建築は困難と言われる壮大なギザのピラミッドを含め、今もその姿を残しています。巨大建造物ピラミッドに、奴隷たちは重労働を強いられていた…そんな話をどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。しかし今では、農閑期に行われた公共事業だったと考えられているのです。実際に王を称える当時の落書きも発見されており、人々は王のために報酬をもらって働いていたと言われています。近年まで王墓説が信じられてきたのはなぜでしょう。紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスは著書『歴史』の中で、クフ王のピラミッドをエジプトの神官が「王の墓だと言った」と記しました。これはピラミッド完成からなんと2千年以上も経った時代の信憑性のない話でしたが、何度も引用されるうちに、定説となってしまったのです。さらに820年、アル・マムーンがクフ王のピラミッドに穴を開け内部に侵入し「石棺」があったことから、王墓説は決定的なものになりましたが、「王の間」や「女王の間」、「大回廊」なども後世の人間が勝手に名付けたもの。「石棺」でさえミイラが入っていたわけではないのです。王墓説は実に曖昧なものだったと言えるでしょう。これはピラミッドの建築法に関しても同じで、重い石を木製の起重装置で運んだとされていましたが、今では周辺にスロープを作り、ソリで運んだという説が有力です。数々の推測が飛び交う中、いまだ多くの謎に包まれてるのがピラミッドです。


ピラミッド地帯(2005年02月撮影)